PDXL構造解析パッケージ開発秘話
~SAPDプロジェクト~

1. 初めての学会発表

Image筆者が粉末回折データからの未知結晶構造解析(SAPD)に取り組んだのは、1999年のことだった。当時、回転対陰極型の強力X線を用い、多層膜ミラーを用いた平行ビーム光学系で、受光側に開口角度0.057°のPSAを装着して、キャピラリに詰めた粉末試料を、60時間以上かけて測定した。回折ピークの半値幅が0.1°以下の、当時は実験室系回折装置での最高分解能であったと自負しているデータを用いて、JADE(1)やITO(2)、EXPO(3)など、サードパーティのソフトウェアを駆使してSAPDを行った。
試料として選んだのは、非常に簡単な分子構造を持つ、タウリンとp-ベンゾキノンであった。タウリンもp-ベンゾキノンもP21/cの空間群を持つ。p-ベンゾキノンは、非対称単位中に0.5分子だった。いずれも今なら、単結晶データからの結果と遜色ない結果が得られるが、当時は分子構造が歪んだまま、かろうじて解析できたという感じであった。もちろん、欧州では、より複雑な構造がいくつも解析され、論文投稿(4)されていたわけだが、日本ではごく一部の研究者を除き、有機化合物のSAPDに成功した例(5)は少なく、私たちの結果でも、当時の日本結晶学会の年会(1999)でポスター発表を行えるほどのネタであった。

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図1.1999年当時のSAPDの結果. タウリン
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p-ベンゾキノン.

2. ソフトウェア開発部門の再編

それからしばらくの間、リガクでは高分解能光学系について実験を重ねていたが、SAPDに関するソフトウェア開発の取り組みは行っていなかった。あるとき、ソフトウェア開発部門が再編され、「SAPDのソフトウェア開発に取り組んではどうか?」という話になった。実はその時の開発メンバーが、元々単結晶構造解析グループメンバーであり、かつて単結晶構造解析のためのソフトウェア(teXsan(6), CrystalStructure(7)など)を手掛けていたため、SAPDソフトウェアに取り組む絶好の機会となった。
今でもそうだが、当時、SAPDの敷居は決して低くなかった。単結晶構造解析の経験者でさえ、手順や解析のノウハウを覚えるには時間と労力を費やす。大きな理由のひとつは、SAPDにはいくつかのステップを踏む必要があるが、当時はステップごとに使用するソフトウェアが異なることであった。条件ファイルを作ることもさることながら、毎回ソフトウェアを起動し、答えをテキストエディターやMercury(8)などの構造表示ソフトウェアなどでチェックし、うまく行かなければまた条件ファイルを編集し、再度解析を実行する。そういった煩わしさも、SAPDが普及しなかった大きな理由であると考えられる。そこで、まず、解析に必要なステップはできるだけ1つのソフトウェアの中で実行できるようにしようと考えた。

3. PDXLへの実装

2007年10月にリリースした統合粉末X線解析ソフトウェアPDXL(9)には、SAPDに必要な機能が数多く搭載されていたので、あとは初期構造決定エンジンと、分子構造モデリングのためのツールなどを追加すれば、PDXLだけでSAPDが可能になる状態であった。PDXL Ver.1のメンテナンスを行う傍ら、SAPDソフトウェアの構想を練り、試作を行い、検証を重ねた。メンテナンス作業が落ち着いた2009年4月、SAPDのための製品開発がスタートし、半年で必要な機能を追加した。初期構造決定のエンジンとして、直接空間法(Parallel tempering法)(10)とCharge flipping法(11)を導入、さらに、Charge flipping法により求められた電子密度分布から、直接空間法によって分子の位置を探索するハイブリッド法の3つを導入した。さらに、Bari大学のCarmelo Giacovazzo教授のグループ(現Angela Altomare教授のグループ)とのコラボレーションにより、EXPO(3)の直接法をPDXLと連携して利用できる仕組みも作った。2009年10月、PDXL Ver.1.5がリリースされ、SAPDがPDXLだけで完結するようになった。実に、結晶学会での発表から10年後のことであった。

4. 構造解析ガイダンスの登場

SAPDを普及させるためには、「SAPDを行うのは、もはや研究者だけではない。Windowsのソフトウェアのように、誰もが簡単に使えるソフトウェアを目指さなければならない。」と考え、解析をナビゲートするウィザードを実装することになった。

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図2. 構造解析ガイダンス
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余談だが、我々開発グループの間では、このウィザードを「猫」と呼んでいた。「猫の手も借りたい」という諺にちなんで、「猫」は「解析をサポートしてくれる」という意味のニックネームであった。ウィザードが良くなるにつれ、我々の間では「猫が賢くなっている!」などと笑ったものである。
猫、いや、構造解析ウィザードは15ページから成り、データの読み込みからレポートやCIFの作成までのステップを、ひとつひとつ丁寧に教えてくれる。明らかな間違いがあれば、修正されるまでその先のステップへ進めないようにもなっている。SAPDで重要な「得られた構造の評価」のステップでは、PDXLに用意されている様々な評価ツールを用いて構造を確認するようアドバイスしてくれる。構造の精密化の段階では、どのパラメータをどのような順序で精密化するかなどを考え、通常、人が行うよりもきれいにフィッティングしてくれる。猫は、SAPDのやり方を教えてくれる、賢いアドバイザーなのである。
猫のおかげで、筆者自身もひとつ、兼ねてから解きたいと思っていた有機化合物の構造解析に成功した。大学院時代、この化合物の単結晶構造解析に何度もチャレンジし、そのたびに失敗し続けてきた。最大の理由は、大気中で昇華してしまうことだった。今なら、単結晶のサンプリングの仕方で避けられる問題かもしれないが、当時はキャピラリに入れて封じ切っても測定中に結晶が小さくなった。粉末試料の場合、結晶が壊れず小さくなるだけなら大きな問題にはならない。むしろ、キャピラリいっぱいに粉末を詰めることで、昇華を最小限に抑えられたようである。PDXLと猫のおかげで、あっさりと構造を得ることができ、15年越しのうれしい出来事となった。

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図3. 4-アジドビフェニルのSAPD
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5. プロモーション活動

構造解析ウィザードは、後に構造解析ガイダンスと呼ばれるようになった。構造解析ガイダンスの完成により、SAPDの敷居がぐんと下がった。単結晶構造解析経験者はもちろんのこと、単結晶・粉末X線解析初心者であっても、分子構造や分子間相互作用などの化学的知見を持っている人であれば誰でもSAPDを行うことができるようになった。また、PDXL構造解析ガイダンスはそれを支援してくれた。
我々は、まず製薬企業を中心にプロモーション活動を行い、国内の多くの製薬企業のお客様に、PDXL構造解析パッケージをご購入いただいた。また、その解析結果を、日本薬学会や日本薬剤学会などでもご発表いただいた。我々自身も、国内・海外を問わず、ほぼ毎年のように構造解析に関する発表を行ってきた。表1に、主な発表の経歴を紹介する。


表1. 学会・研究会での主な発表.

年,月 学会・研究会 発表タイトル
2009年 8月 ECM 25 (イスタンブール、トルコ) Compact Multi-Analyzer and its Applications to Structure Analysis
2010年 5月 日本薬剤学会年会 フロセミド・ニコチンアミド共結晶の結晶多形のキャラクタリゼーション
2010年 8月 ECM 26 (ダルムシュタット、ドイツ) Structure Determination of Flufenamic Acid Cocrystals from Laboratory X-ray Powder Diffraction data
2010年10月 AsCA 2010 サテライト会議 (浦項、韓国) High-quality powder diffraction data obtained with in-house diffractometer
2010年10月 AsCA 2010 (釜山、韓国) Ab Initio Structure Analysis of Solid-State Photodimerized Methoxyazachalcone from Powder Diffraction Data
2011年 1月 日本結晶学会講習会 実験室系の粉末回折データによる構造解析の実際
2012年10月 錯体化学討論会 Ni-ジアミン錯体の脱水・水和および温度変化による相転移挙動 ~粉末X線構造解析による解明~
2012年 9月 日本化学会放射光ことはじめ 粉末回折データからの結晶構造解析
2013年 5月 日本化学会年会 アセトニトリル蒸気を可逆的に吸着・脱離するNi-ジアミン錯体の転移挙動 ~粉末構造解析による解明~
2014年 6月 EXPO/SIR Workshop (バーリ、イタリア) PDXL as a complementary package to EXPO
2014年10月 日本結晶学会シンポジウム 進化した粉末結晶構造解析ツール
2016年 6月 EPDIC 15 (バーリ、イタリア) Crystal structures and transition behaviors of Ni-complexes based on powder crystal structure analysis
2016年12月 AsCA 2016 サテライト会議 (ハノイ、ベトナム) Rietveld refinement (Part 2)


今年(2017年)も、8月にインドで行われるIUCr(13)にて、発表を行う予定である。リストレインに関する取り組みの他、CSD(14)とのコラボレーションによる便利機能も紹介する。

6. 今後の取り組み

我々の最初の取り組みは、開発チームのメンバーの中にかつての有機化合物の単結晶構造解析のユーザーがいたこともあり、有機化合物の解析に特化していたが、無機化合物の解析に必要なツールも取り揃えつつある。構造解析ガイダンスがあるとは言え、複雑な分子の解析にはノウハウが必要であり、年に1,2度、PDXL構造解析パッケージのユーザーズミーティングを実施し、使い方の実習やノウハウの伝達を行っている。また、広く普及させるための構造解析セミナーも不定期だが開催している。現在は国内のみの活動だが、今後は海外でもユーザーズミーティングやセミナーを開催していきたいと考えている。
結晶構造解析のためのツールの第一選択肢は今でも単結晶構造解析であるが、我々としては、このPDXL構造解析パッケージを、単なる粉末解析ソフトウェアではなく、質のよい単結晶が得られない(見つけられない)場合の第二の選択肢として、現在の単結晶のお客様にも利用していただけるよう、このソフトウェアをよりよくしていきたいと考えている。これまでSAPDを経験されたことのある方もない方も、今後はSAPDを結晶構造解析のひとつのツールとして考えていただければ幸いである。


株式会社リガク  X線機器事業部 XRDアプリケーションソフトウェア開発部 佐々木明登

References

(1) http://materialsdata.com/
(2) J.W. Visser, J. Appl. Cryst. (1969). 2, 89
(3) (a) A. Altomare et al., J. Appl. Cryst. (1999). 32, 339
  (b) A. Altomare et al., J. Appl. Cryst. (2004). 37, 1025
  (c) A. Altomare, M. Camalli, C. Cuocci, C.Giacovazzo, A. Moliterni, R. Rizzi, J. Appl. Cryst. (2009). 42, 1197
  (d) A. Altomare, C. Cuocci, C. Giacovazzo, A. Moliterni, R. Rizzi, N. Corriero and A. Falcicchio, J. Appl. Cryst. (2013). 46, 1231
(4) (a) J. M. A. Robinson, D.Philp, B. M. Kariuki, K. D. M. Harris, Chem. Commun. (1999) 329
  (b) G. B. M. Vaughan, A. J. Mora, A. N. Fitch, P. N. Gates, A. S. Muir, J. Chem. Soc., Dalton Trans. (1999). 79
  (c) I.Orgzall, B.Lorenz, J.Mikat, G.Reck, G.Knochenhauer, B.Schulz, J. Phys. Chem. Solids (1999). 60, 1949
  (d) A.M.T.Bell, J.N.B.Smith, J.P.Attfield, J.M.Rawson, K.Shankland, W.I.F.David, New J. Chem. (1999). 23, 565
(5) Y. Kojima, Y. T. Osano, T. Ohashi, Bull. Chem. Soc. Jpn. (1999). 72, 2203
(6) (a) Rigaku Journal (1989). 6(1), 43
  (b) Rigaku Journal (1992). 9(2), 46
  (c) Rigaku-Denki Journal (1998). 29(2), 66
(7) リガクジャーナル (2014). 45(2), 33
(8) https://www.ccdc.cam.ac.uk/solutions/csd-system/components/mercury/
(9) (a) リガクジャーナル (2009). 40(1), 36
  (b) リガクジャーナル (2009). 40(2), 10
  (c) リガクジャーナル (2012). 43(1), 26
(10) V. Favre-Nicolin, R. Černý, J. Appl. Cryst. (2002). 35, 734
(11) (a) G. Oszlányi, A. Sütő, Acta Cryst. (2004). A60, 134
   (b) G. Oszlányi, A. Sütő, Acta Cryst. (2008). A64, 123
(12) A. Sasaki, L. Mahé, A. Izuoka, and T. Sugawara, Bull. Chem. Soc. Jpn. (1998). 71, 1259
(13) http://www.iucr2017.org/
(14) (a) C. R. Groom, I. J. Bruno, M. P. Lightfoot and S. C. Ward, Acta Cryst. (2016). B72, 171
   (b) https://www.ccdc.cam.ac.uk/solutions/csd-system/

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