新着情報

「X線の屈折・散乱を画像計測する非破壊検査用高感度X線スキャナの開発」 −工場生産ラインでの実用化に目処−

2016年3月15日


平成29年5月  〜X線の性質を応用した新しい検査手法の解説〜
X線管を用いた位相イメージング装置の開発(東北大学 百生 敦教授)が
「非破壊検査 vol.66 No.5 May (ISSN 0367-5866)」へ特集として掲載されました。

   
平成28年3月15日

国立大学法人 東北大学
株式会社リガク
国立研究開発法人 科学技術振興機構

■ 概 要 ■
東北大学多元物質科学研究所の百生敦教授と株式会社リガク(代表取締役社長、志村 晶)は、科学技術振興機構の研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム 開発課題名「位相敏感高感度X線非破壊検査機器の開発」)の一環として、工場生産ラインなどでの実用化を想定した非破壊検査用高感度X線スキャナを開発しました。これは、X線の影絵によって検査を行なう従来機器に対して、X線位相コントラストを利用してX線の微弱な屈折や散乱を画像検出する仕組みの搭載を世界で初めて成功したことによるものです。

従来のX線非破壊検査機器では、高分子、半導体、食品などの材料・素材、あるいはそれらを用いた製品にかかわる生産分野で、欠陥や異物検出などの目的に、時として十分な性能を期待できないという問題がありました。これに対して、今回開発した装置は複数のすだれ格子注1)を搭載しており、X線の影絵では映りにくい対象であっても、その欠陥や異物に対する感度を大きく改善しています。これまでにも、静止している物体に対して、同様の原理に基づき、時間をかけて検査することは技術的に可能でした。しかし、たとえばベルトコンベアに乗って逐次移動する多くの物体を検査する目的には適合しません。本装置では、撮影を高速化するだけではなく、撮影視野を横切る物体の動画像から、X線の屈折や散乱を表す画像を形成するための新しい方式の考案が鍵となりました。この成果は、第63回応用物理学会春季学術講演会(2016年3月19日〜22日、東京工業大学大岡山キャンパス)にて発表されます。

■ ポイント ■

1.従来のX線非破壊検査機器は、X線の影を検出する方式であるため、金属などの比較的重い元素で構成される物質がよく検出されます。しかし、有機材料や高分子材料などの軽元素から成る物質についてはコントラストが不十分であるという欠点があります。
2.この問題を克服する方法として、X線位相コントラストの利用が考えられます。しかし、これには高度なX線源と技術が必要であったため、生産現場で使える技術ではありませんでした。
3.今回世界で初めて開発に成功した装置は、工場の生産ラインで使用することを前提としたスキャナ方式であり、X線位相コントラストで有機材料や高分子材料などの軽元素から成る物質の検査を可能とするものです。
4.工業製品の生産現場での異物混入や製品欠陥が大きな社会問題に発展しかねない現代において、安心・安全に資する新しい検査技術として、当該技術の実用化の目処が得られました。

■ 開発の背景と経緯 ■
X線画像機器は、物体の内部を透視する目的で広く活用されています。定期健康診断や病院における精密検査、工場生産ラインにおける製品検査、空港などの保安検査、あるいは、学術用途の精密機器(例:X線顕微鏡)など、多くの形態の装置が市場にありますが、どの装置であっても得られるX線画像のコントラストは、基本的にX線の'影絵'になっています。すなわち、X線が物体を通り抜ける際に生じる強度の減衰の大小で画像が作られています。これを吸収コントラストと呼びます。X線の減衰量(すなわち、物体によるX線の吸収量)は、物質が重い元素でできているほど大きくなります。生体であれば、皮膚や内臓よりもカルシウムを含む骨がくっきり映るのはこのためです。金属があるとさらに明瞭に映ります。

逆に、軽元素(水素、炭素、窒素、酸素など)からなる物質では、X線の減衰が小さく、十分なコントラストが得られないという問題があります。すなわち、生体のやわらかい組織、あるいは、高分子材料などがこれに当たります。このことは、X線画像の原理的な欠点として、X線がレントゲン博士によって発見された1895年以降、ずっと甘受されてきました。

この問題を克服できる方法として注目されているのが「X線位相コントラスト」の利用です。X線は光の一種であり、波としての性質を持っています。X線の波が物質中を伝わるとき、その速さが物質の種類や状態によって異なることに基づいて生成されるのが位相コントラストです。X線位相コントラスト法は、1990年代から活発に研究されるようになっていましたが、そのために必要なX線源として、シンクロトロン放射光源の使用が前提となっていました。シンクロトロン放射光とは、加速器中で電子を光速に近い速さに加速・周回させたとき、電子の軌道が曲げられる際に放射される指向性が高く極めて輝度が高いX線のことです。日本国内では、SPring-8(兵庫県佐用町)やKEK-PF(茨城県つくば市)などのシンクロトロン放射光施設があります。ここを含めて世界中のシンクロトロン放射光施設でX線位相コントラストを利用した撮影実験が行われ、従来の常識を大きく超える高い感度が証明されました。ただし、シンクロトロン放射光施設は巨大で設置場所が限られ、利用できる期間も限られます。工場の生産ラインで利用するというセンスには合いません。この技術の実用化を考えると、シンクロトロン放射光施設からのスピンオフ技術へと発展させる必要がありました。

2000年代に入り、東北大学の百生教授らによってX線すだれ格子を用いる位相コントラスト法(X線タルボ干渉計)が実現し、スピンオフ技術としての突破口が見いだされました。工場や病院で一般的に使われている小さなX線源がそのまま利用できることが重要な特徴です。今回の成果はこの技術を使っています。

■ 開発の内容 ■
X線は物質中を直線的に通り抜けると通常は考えられています。しかし、厳密には僅かですがその方向が変わっています。これは、プリズムで光が曲げられる(屈折される)のと同じ現象ですが、X線の場合ではその角度が一万分の1度程度と極めて小さく、X線が直進するという近似に全く問題はありません。しかし、この僅かなX線の「屈折」がX線位相コントラスト生成の起源であり、これを検出する仕組みを構築できれば、従来とは大きく異なる高感度な撮影がかないます。図1の構成がそれを実現する仕組みとして近年注目されているものであり、今回開発した装置(図2)もその仕組みに基づいています。

図1
図1 
開発した装置の基本構成

X線タルボ・ロー干渉計と呼ばれる三枚のX線格子(G0, G1, G2)を用いる構成により、検査物体による僅かなX線の屈折と散乱を画像化する。

  図2
図2 開発した装置
最下部のX線管から上向きにX線が照射される。

装置の構成は図1のようになっています。X線源と画像検出器の間に3枚のX線格子(G0, G1, G2)が上下方向に配置されています。また、検査物体はG1とG2の間を水平に通り抜けてゆく構成となっています。X線格子は、髪の毛の太さの数十分の1(数ミクロン)の隙間を並べた構造を持っています。X線がちょうど隙間に入れば格子を抜けられますが、隙間に入らなければ、格子の部材(金)で遮蔽されます。検査物体によって僅かにX線が屈折されると、それまでG2を抜けて検出器にたどり着いていたX線がG2の部材にあたって抜けられなくなります。その逆も起こります。結果として、検出器の位置ではモアレ注2)模様が生じ、これが検査物体を可視化する仕組みとなります(図3)。 図3
図3 モアレ模様生成の概念説明
格子(G1)の上に形成されるストライプ模様(a)が検査物体での微妙なX線の屈折によって形を変える(b)。格子G2を重ねることにより(c)、屈折の様子がモアレ画像として可視化される(d)。

この方法は、百生教授らが本開発に先立って行なった医用画像診断機器への応用("スーパーレントゲン" 注3))でも採用しております。ただし、モアレ模様の画像をそのまま使うのではなく、X線格子(G0, G1, G2)のひとつを微妙に移動させたときに見られるモアレ模様の変化を記録し、これをコンピュータ処理します。これを縞走査法と呼びます。その結果、三つの画像(吸収画像、屈折画像注4)、散乱画像注5))が出力され、これを診断に使います。この場合は検査物体が静止していることが前提になっており、ある程度の時間をかけて撮影を行います。したがって、工場の生産ラインでベルトコンベアに乗って移動する物体の検査には適用できません。格子を移動させて複数の画像を計測するこれまでの手続きとは異なる別のアイディアが必要となります。

今回開発した装置では、格子自体によって生じるモアレ縞を活用するアルゴリズムを考案することでこの問題を克服しました。X線格子は数ミクロンの構造を基板上に広い面積で人工的に形成したものですが、高度な技術を用いたとしても、実際には設計どおり均一に作製することは難しく、歪みが生じてしまうのが普通です。これが原因となって、検査物体がないときでもモアレ縞が生じます。本開発では、逆にこれを利用し、検査物体がモアレ縞を横切ってゆく動画から、上記の縞走査法と同等な画像出力ができる新しい方法を考案・実装しました。完璧に近いX線格子製作のための努力も緩和されるので、コスト的にも有利となります。

図4

図4 一般的な蛍光ペンの撮影例
上から、吸収画像(従来法相当)、屈折画像、散乱画像。この撮影は一例であり、蛍光ペン以外にもX線が通ればどのような物体についても適用可能。

図4に、一般的な蛍光ペンの撮影例を示します。この試料を毎秒5mmの速さで移動させて撮影したモアレ動画像を処理した結果です。細かい構造が従来の画像とは異なる見え方で現れています。

この成果は、第63回応用物理学会春季学術講演会(東京工業大学大岡山キャンパス)期間中の、平成28年3月19日(土)の午後、演題番号19p-H137-7(X-ray phase scanner using Talbot-Lau interferometry for non-destructive testing - II)において発表されます。

■ 今後の展開 ■
図4は一例であり、X線が通ればどのような物体についても適用可能です。今回の開発成果により、物品の欠陥(ひび割れ、キズ、変形、気泡混入、剥がれ、腐食、接着不良、充填不良、混合不良など)や異物混入を高感度で検査するスクリーニング用X線検査機器として、製品化に向けた目処が立ったと考えています。製品化の見通しとしては、約2年後を予定しています。


【 用語解説 】
注1)すだれ格子
本技術で用いるX線用の格子をすだれ格子と称した。X線格子は、シリコンの基板上に隙間を作りながら細い金線を周期的に形成したもので、寸法は大きく異なるが、家庭で使うすだれと似ている。
注2)モアレ
規則正しい細かい繰返し模様が二つ重なるときに発生する視覚的模様。繰返し模様が僅かに傾いていたり変形していると、その状態に応じた形のモアレ縞が現れる。繰返し模様が目に見えないほど細かくても、モアレ模様は容易に視認できる。日常でも、たとえば、レースのカーテンを二枚重ねると、簡単にモアレを観察することができる。
注3)スーパーレントゲン
本開発に先立って行なった医用画像機器への応用として、リウマチや乳がんの早期診断を目指して開発した装置が"スーパーレントゲン"と称され、TBSの「夢の扉+」(平成25年8月4日放映)で紹介された。
TBSオンデマンドサイト:http://tod.tbs.co.jp/item/3618/で配信予定。
注4)屈折画像
物体による屈折によりX線が曲げられる角度の分布像に対応。位相のずれの空間微分に対応するため、「微分位相画像」と呼ばれることもある。
注5)散乱画像
モアレ模様が不鮮明になる具合を定量化して画像にしたもの。撮影装置の空間分解能では解像できない細かい構造体(散乱体)がX線を強く散乱することが原因であり、この画像はおもに散乱体分布密度の大小を表すと考えられる。


ここに掲載されている内容はすべて発表日現在の情報です。ご覧いただいている
時点で、予告なく変更されていることがありますので、あらかじめご了承ください。